水槽でも分解のメカニズムは同じ

バクテリアは1mmの1/1000程度の大きさの小さな生物であり、その形から球菌、桿菌、らせん菌に分類されます。
水槽の中にもこれらのバクテリアが住んでいるものと考えられますが、意外なことに水槽内やそのろ過槽に住むバクテリアについての研究例は、アンモニア分解に関連するものを除きほとんどありません。

これまでのいくつかの研究例も含めて、水槽内のバクテリアについて知られている事を元に想定した、水槽内のタンパク質の分解過程を図5に示します。
過剰に投与された餌や魚のフン、場合によっては魚の死体などに含まれるタンパク質は、後述するように良い状態の水槽なら、底泥などに住みついているバチルス菌などが分泌する酵素(エンドペプチターゼ)によりペプチドにまでまず分解され、さらに別の酵素(エキソペプチターゼ)でアミノ酸にまで分解されます。
できたアミノ酸はそのまま一部のバクテリアに利用され、残りは底泥中やろ過槽で分解されてアンモニア、亜硝酸、硝酸となります。
また、上手に嫌気的条件が作られている水槽では、脱窒細菌が定住し、硝酸を窒素にまで分解して大気中に放出します。

一方、デンプンやセルロースなどの糖質は、それぞれバチルス菌などが分泌する酵素であるアミラーゼとセルラーゼによって、まずオリゴ糖(デンプンやセルロースが大きく分解された断片)にまで分解され、さらにオリゴ糖の末端からグルコシダーゼと呼ばれる酵素の働きでブドウ糖が一つずつ切り出されます(図6)。
ブドウ糖はバクテリアに栄養源として利用され、最終的に水と二酸化炭素にまで分解されます。デンプンやセルロースはアミノ基を含まないので、タンパク質のようにアンモニアを発生することはありません。

過剰な餌の投与は溶存酸素の低下を招き、いわゆる鼻上げの原因になりますが、これはタンパク質やデンプンを栄養源に好気的なバクテリアが増殖し、水槽中の酸素を消費するからです。
一方、土壌やろ過材に適切なバクテリアが常在し、それらが分泌する酵素が土壌やろ過材に結合して適切な【環境酵素】として機能している水槽では、バクテリアの増殖をともなうことなくタンパク質やデンプンが速やかに分解されるため、溶存酸素濃度の低下を招きません。
これは酵素分解は酸素を消費しないからです。

図5「タンパク質の分解」

図6「糖質の分解」

 

水槽内の底泥やろ過槽に健全なバクテリアが定住することの重要性は、古くからアクアリストの間では認識されてきましたが、アンモニア代謝を除き、その科学的な根拠は明確にされていませんでした。
豊原先生の研究の結果、プロテアーゼやアミラーゼなどの酵素を分泌する力に優れたバクテリアが常在し、それらの酵素が底泥やろ過材に結合して形成された【環境酵素】として機能すれば、タンパク質などの有機物がバクテリアの増殖をともなうことなく速やかに分解されます。
そのことが、【健全なバクテリアが定住することの重要性】の理由の一つである可能性が示されました。

水槽に発生する様々なバクテリア

PCRという方法で遺伝子を増幅させ、そのDNA配列から従来技術では困難だった詳細な遺伝子解析が可能になっています。
種類の違うバクテリアについて、ある遺伝子の領域をPCRで増幅させ、それを制限酵素と呼ばれる特殊なDNA分解酵素で切断し、電気泳動をすると、DNA配列の違いに応じてバーコードのようなものが得られます。
この縞模様のパターン(フィンガープリント)でバクテリアの種類を知ることができます(図7)。
そこで豊原先生にご協力いただき、この方法を使って、様々な水槽に住みついているバクテリアの種類を調べてみました。

図7「PCRを用いたバクテリアの同定」

図8~図13はこの方法で調べた様々な水槽に常在するバクテリアの種類です。

図8にエンゼルフィッシュなどが泳ぐ典型的な淡水熱帯魚水槽のフィルター、水槽壁、底砂(浅い、深い)についてそれぞれに常在するバクテリアのフィンガープリントを示しています。右の図を見ると、数種類のパターンに分かれていることが分かります。
DNA配列を参考にこれらのフィンガープリントのバクテリア名を図中に示しました(すべての菌を特定することができませんでした)。
この結果を見ると、フィルター、壁、底砂(浅い、深い)に住んでいる菌の種類は類似していること、しかも予想外なことに菌の種類は数種類に限られていることが分かります。
またオレンジ色で示したバチルス属の菌が検出されたことから、この水槽は健全な状態にあることが推測されます(バチルス菌はタンパク質や糖質を分解する酵素を吐き出します)。

※フィンガープリントに示す同じ色の印は、同じ菌を示しています。

図8「水槽例1 淡水熱帯魚水槽の菌相」

図9に最近主流になりつつある、卓上ベタ水槽の菌相を示しました。フィンガープリントのパターンを見ると、この水槽でも壁面と底に敷いた樹脂に常在する菌相は類似していることがわかります。
この水槽では赤色や青色で示すアエロモナスのような嫌気性細菌が検出されたことから、エアレーションされていない小さな卓上水槽では嫌気的な状態にあることが分かります。
酸素不足に強いベタならではの飼育方法であることが改めてわかります。

図9「水槽例2 ベタ水槽の菌相」

図10は大型のコイ水槽です。この水槽でも、フィルター、ロカボーイ、水槽壁に常在する菌は類似していることが分かります。
この水槽でも赤色で示したバチルス属などの良いバクテリアが検出されたものの、オレンジ色で示したアエロモナスなども検出されたことから、やや酸素濃度が低下していることが分かります。

図10「水槽例3 コイ水槽の菌相」

図11は小型のメダカ水槽です。この水槽でもフィルターや水槽壁で類似したフィンガープリントが得られたことから、菌相の類似性が示されました。良い細菌であるバチルス属の生息が検出されました(オレンジ色)。

図11「水槽例4 メダカ水槽の菌相」

図12は水草のレイアウトを主体とした水槽です。この水槽でも砂、フィルター、水草、水槽壁の菌相の類似性が示されました。
しかし、アエロモナス(赤色)や大腸菌(オレンジ色)などが検出され、水槽としての健康状態が悪いことが分かりました。

図12「水槽例5 水草水槽の菌相」

図13はクマノミやコバルトスズメを飼育する海水魚水槽です。この水槽では海水環境下での常在細菌であるシュードアルテロモナス(オレンジ色)などが検出され、健康な状態であることが分かります。

図13「水槽例6 海水魚水槽の菌相」

バクテリアの増減に関する要因

魚病発生時に、アクアリストの方々は種々の薬剤を投与された経験があると思います。
一般にこれらの薬剤は水槽における菌相に悪影響を与えると考えられてきましたが、科学的な根拠はこれまで示されていませんでした。
そこでこれらの薬剤が菌相に与える影響を調べてみました。
ろ過材に常在するバクテリアを調べた結果、これらの薬剤を添加しても、ろ過材に常在するバクテリアの種類に変化を及ぼさなかったことから、魚病薬が菌相に与える影響は少ないと考えられます(図14)。
また、ろ過材の水道水洗浄がバクテリアに及ぼす影響についても科学的根拠がないため、いつも不安に思いながら水道水洗浄を行っている人も多いと思われます。
一分間水道水でかけ流しを行った結果、図15に示すように菌数は1/6程度に減少したことから、水道水洗浄は菌数を大幅に減少させることが分かりました。しかし菌数は0になっていないことから、このろ過材を水槽に戻せば菌数はもとに戻ると考えられますので、軽い水道水洗浄ではろ過材に常在するバクテリアに対する影響は少ないと考えられます。

市販のバクテリア商品の効果についても実際の検証例がないため不安な気持ちで購入されているアクアリストの方も多いと思います。
図16は5種類の市販のバクテリア商品をデンプンを含む寒天プレート上に撒いて、酵素であるアミラーゼ分泌能力を比較したものです。
その結果、ジェックスのベストバイオやCのように強いアミラーゼ活性を示すものもあれば、A、B、Dのようにアミラーゼ活性が弱いものも見られました。
このことから、市販バクテリア商品に含まれているバクテリアの過剰投与した餌の分解能力には大きな差が見られることが分かりました。

図14「薬剤耐性試験結果」

図15「水道水洗浄試験結果」

図16「市販のバクテリア商品の能力測定(デンプンの分解活性)」

図17はバクテリアとろ過材の組み合わせについて示しています。これまで述べたように、酵素結合に優れたろ過材と酵素分泌能に優れたバクテリアを用いると、バクテリアが分泌した酵素がろ過材に結合し、高い有機物分解力を持つ水槽環境が形成されます。
一方酵素分泌力に劣るバクテリアと酵素結合力に劣るろ過材の場合は、過剰投与された餌を効率的に分解できないため、過剰なバクテリアの増殖を招き、水槽内の酸素濃度低下、そして水槽環境の悪化を招きます。

図17「バクテリアとろ過材の組み合わせ」

※本原稿を作成するにあたり、京都大学農学研究科 豊原治彦 准教授に多大なる協力をいただきました。

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